共に神につながる           
               
コリント人への第一の手紙11章20〜34節

 こうしてまた礼拝を再開し共にすることが許され、心より感謝いたします。
 さて今日は、「主の祈り」のシリーズを1週お休みして、とても大きな、そして困難な課題に取組んでみたいと思います。それは「主の晩餐」についてお話し するということです。でも、いつかは必ず話さないわけにはいかないと思うのです。なぜなら、この「主の晩餐」は毎月の礼拝の中で行われているからです。今 日は、クリスチャンはもとより、まだクリスチャンとはなっておられない方々をも目指してお話をしたいと願っています。

 さて、「主の晩餐」とは何でしょうか。それは、今日の礼拝の中にもあります。それは、礼拝の中で皆でこんな小さなパン(今私たちはウェハースのようなも のですが)、そのかけらを食べ、ぶどう酒とかぶどうジュースとかの汁が入った杯を一緒に飲むという儀式のようなものです。なぜ、こんなことをしているので しょうか。私たち教会はこれを決して欠かさず月一回しています。教会によっては、毎週毎回しているところもあります。歴史的に見ますと、キリスト教会は二 千年間の歴史の間中、何らかの形でこの「晩餐」を守り続けてきました。なぜ、そんなにも熱心にやるのでしょうか。また、それにはいったいどんな意味がある のでしょうか。
 そのことをできるだけ皆さんによくお伝えするために、私は自分自身の一つの思い出を話したいと思います。私は小学校の頃から教会に通っていましたが、ク リスチャンになったのは高校時代でした。その直接の、そして最も切実なきっかけは、深い孤独感からでした。「なんとなく寂しい」というような孤独感ではな くて、実際にクラスで孤立してしまったのです。二年生の時でしたが当時私はクラス委員に立候補してなり、何とかクラスの人たちの人望を得ようとがんばって いました。そこには、みんなから認められたいという功名心や野心がありました。でもその甲斐もなく、ひとつのことをきっかけに、かえって人望をなくし、完 全に孤立してしまったのです。だれとも話さず遊びもせずに過ごす日々が続きました。そのような中から私は神様の呼び声を聞いたように思ったのです。「だれ があなたと共にいなくても、私はあなたとずっと共にいる。」こうして私はバプテスマを受けました。そして、主の晩餐をも受けるようになったのです。
 「主の晩餐」は、ここでパウロが書いているように、その始まりと根拠をイエス・キリストの生涯とその歩みの中に持っています。主イエス様は、いろいろな ことをなさいましたが、その中で最も大きなものは多くの人々と一緒に食事をなさったことでした。特に、「取税人や罪人」と呼ばれていた人たち、当時の社会 から仲間はずれにされていた人たちを招いて食事をなさいました。「お前なんか仲間ではない、お前なんかいらない」と言われていた人たちとだったのです。イ エス様と一緒に食事をさせてもらって一番うれしかった人たちはどんな人だろうなということを考えてみたとき、それはこのような人々だったでしょう。程度や 意味合いはずいぶんと違いますが、あの孤独に苦しめられていた私が神様から「あなたは一人ではないのだ、私が共にいるのだ」と言われたときに感じた喜びと 近い、あるいはもっと大きな喜びを彼らは感じたと思うのです。そのときの大切なことは、単に「仲間がいる」ということではなく、「神と共に」「神とつな がっている」ということです。人との関わりは、どんなに強いと思ってもいざとなったら壊れてしまうこともあります。また、どんなに強い関係も永久に続くも のではありません。でも、神様との関わりは決して壊れず、いつまでもどこまでも続くものです。そういう関わり・交わりを、神様は私たちと共に求めていてく ださるのです。この神との切っても切れない関わり・交わりを、今このところでまさに表し、与えようとするのが、イエスが人々とたびたび共にされた食事だっ たのです。

 そうしたイエス様の数え切れない共なる食事を背景として、「主の晩餐」の一番の根拠はイエス様が弟子たちと共になさった「最後の晩餐」です。あの食事は まさに「私たちは共に神様につながっている」ということを確認し、喜ぶ食事でした。イエス様たちがこの食事をなさったのが、ユダヤでは「過ぎ越し」と呼ば れている期間のことで、この「過ぎ越しの食事」というのは、「かつて私たちはエジプトの国で奴隷にされて苦しい目にあっていたが、神様によって助けられ共 に神様につながらせていただいた者たちだ」ということを確認する時だったからです。その席に招かれていたのは、やはり「罪人」つまり「ふさわしくない者た ち」でした。それはイエス様の弟子たちでした。彼らは皆イエス様を裏切ろうとしていたり、いざとなったらイエス様を見捨てて逃げてしまうような者たちでし た。でも、イエス様は彼らがそういう者たちであるということをよくわかった上で、でも「そういうあなたがたとわたしは共にいる。そのあなたがたとわたしは 共に神につながっているのだ」ということを、こうして一緒に食事をすることによって示されたのです。
 そして、これが最も大切なことですが、こうパウロが書いています。「わたしは主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエ スは、渡される夜、パンをとり、感謝してこれをさき、そして言われた、『これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このよ うに行いなさい』。食事ののち、杯をも同じようにして言われた、『この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このよ うに行いなさい』。」このような神との交わり・関係をつくり出すために、イエスは御自身を差し出し、ご自身のすべてをささげられたということです。「あな たがたが共に神につながるために、わたしは自分自身をすべてささげる。わたしのすべて、その力、その時間、その思い、とりわけ愛の思いをささげ、用い、使 い尽くす。そのためにはたとえ死んでもかまわない。」「これはわたしのからだ、これはわたしの血による契約」というのは、そういう意味だと思います。
 皆さん、聖書によれば「人間はみんな罪人」だと言います。「罪人」というのは、あの弟子たちと同じように皆だれもが「人を裏切る」ということや「人を見 捨てる」というものを自分の中に持っている、そのようにして「神が願っておられる道に背く」ということです。どうでしょうか。そういう者たち「罪人」と関 わりを持つということは、自分が傷つくことです、自分が痛むことです。さらには、自分が犠牲を払うことになるということです。イエス様こそはまさにそうで した。イエスは神の前で罪人である私たちと一緒に関わり・交わりを持つために、どこまでも御自分をささげ、用い、使い尽くし、そのためには自分が傷つくこ ともかまわず、むしろ積極的に人の罪を担い、さらには自分の命が奪われてもそれを貫かれました。それこそが、あのイエスの十字架であり、イエスの愛だった のです。
 このイエスが復活して、再び弟子たちの前に立ったとき、彼らは心の底から悟りました。「こんなにもイエス様は私たちはを愛してくださっている。」その時 からです。その時から「主の晩餐」は始まりました。「このイエス様の愛をしっかりと思い出すために、イエス様によって表され与えられた神の愛をどんなこと があっても忘れないために」、そのために私たちは毎月毎月パンを食べ、ぶどうの杯から共に飲むのです。

 そういう「主の晩餐」は、今私たちにとって何でしょうか、どういうものでしょうか。
 それは何よりイエス様からの、神様からの「招き」です。「あなたも決して、決して一人ではないのだ。だれがいなくても、わたしがあなたと共におり、あな たと共に生きるのだ。そしてまたあなたには、あなたと共にわたしの前でパンを食べ、杯から飲むそういう仲間・友がいるのだ」という招きです。あなたも今神 様からこのように招かれ、声を懸けられているのです。
 「主の晩餐」はまた「決断」のときです。「招き」を受けたなら、それに応えなければなりません。できれば「はい」と、そうでなければ「いいえ」と、いず れにしても応えなければなりません。このイエス様・神様の招きを受けたいと思いませんか。そう思うなら、思うだけでそれを受けることができます。パウロは 「主の晩餐」を受けるときの注意としてこう言います。「だれでもまず自分を吟味し、それからパンを食べ杯を飲むべきである。」何をどう「吟味」するので しょうか。その基準は、あのイエス様の歩みを思い出せばわかります。イエス様の招きをいただいたのは、「罪人」「ふさわしくない者たち」でした。「自分は ふさわしくない、私なんて、自分なんてだめだ」そう思う人が、この招きを受けてよいし、受けるべきなのです。「自分を吟味して」、「自分はふさわしくな い」と思うならば、まさにそのあなたが受けなさい! 「ふさわしくないままでパンを食べ杯を飲んではいけない」とパウロは言いますが、「ふさわしくない」と思う人がまさに「ふさわしい」のです。
 最後に、「主の晩餐」は「生きること」です。「決断する」ことは、それに基づいて「生きる」ことです。「生き方」を問われるのが「主の晩餐」なのです。 パウロはコリント教会の人たちの生き方を問い、「それでは、主の晩餐にならない」と批判しました。「あなたがたが一緒に集まるとき、主の晩餐を守ることが できないでいる。というのは、食事の際、各自が自分の晩餐をかってに先に食べるので、飢えている人があるかと思えば、酔っている人がある始末である。あな たがたには飲み食いする家がないのか。それとも、神の教会を軽んじ、貧しい人々を軽んじるのか。」当時の教会では、「主の晩餐」を夜に、しかもみんな一緒 の夕食の後に行っていました。ところがその前の食事会の時に、早くから来ているお金持ちの人たちが先に食べ始めてしまいます。その一方で、遅くまで働かな ければならない貧しい人たちは、どうしても遅く食事にやって来ます。ところが、貧しい彼らが来た時には、もう食べるものもなくなって、彼らはとても寂しい みじめな思いになっていたのです。パウロは、このことを責めるのです。「そのようなあり方、生き方は、はたしてあのイエス・キリストが歩み生きられた道に ふさわしいものだろうか。『共に神の前につながる』ということにふさわしいものか。」そう問いつつパウロは具体的な提案をもってこの部分を締めくくりま す。「それだから、兄弟たちよ。食事のために集まる時には、互に待ち合わせなさい。もし空腹であったら、さばきを受けに集まることにならないため、家で食 べるがよい。」これは「ちょっとしたこと、小さいこと」です。でも、「ちょっとした」配慮と工夫と努力から、主イエスに従う道は始まるのです。
 「主の晩餐」を守る時、いつも私たちは「主イエスのゆえに、共に神につながっている」者同士だということを思い、それにふさわしい生き方を探り、そのた めに努力すべきなのです。「共に神につながっている」、それはまず教会においてしっかりと覚えるべきことです。そしてまた教会を越えて、さらなる広がりを ももってであると思います。なぜなら、主イエスは広く、とてつもなく広く、「普通」には「神につながっていない」と思われていた人を招かれたからです。そ して何より「最も神から遠かった」この「わたし」をも招いてくださったからです。こうして主の晩餐から始まる交わりこそ、来るべき「神の国」のとてつもな い広がりをはるかに指し示し、目指しているのです。
 「それは『仲良しの食事』ではなかったのだ。疎外され、隔てられた者たちとの食事は、すぐさまパリサイ派の人々の批判を招いた。『なぜ、あなたたちの先 生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか』。―――しかし、イエスはこの食卓に着かれた。この食事が最後にはイエスを『罪人』として十字架へと追いやっ た。食卓共同体は、十字架の共同体であり、『罪』(苦難、不幸、嘆き、悪)の引き受けを伴っていた。」「つまり、イエスと同じ事は出来ないのだけれども、 それを受けた者として証しをしていくということは必要なのだ。証しのために死ぬことなどできない。イエスが死んだのは食べさせたがゆえに、着せたがゆえ に、見舞ったがゆえに、獄中を訪ねたがゆえにイエスは十字架にかかるわけですから、そのことを証ししていくというのは死ぬことではない。―――キリストが まず私たちにそのように接して下さった。私たちはそれに対する、それに応答する証しとして、生きていくのだ。」(奥田知志、日本バプテスト連盟ホームレス 問題特別委員会編『「ホームレス」と教会』より)
 「主の晩餐」を守るごとに、主の愛を思い起こすごとに、「共に神につながる」まさにこのことができていないと思い知らされる私たちですが、そんな「ふさ わしくない者」を招いていてくださる主の愛、神の愛に促され押し出されて、今日再びパンを食べ、杯を取らせていただきましょう。また、このイエスが開かれ た、とてつもなく広い交わり、「共に神につながる」出会い・関わり・交わりへと自分自身を開き、それを目指して私たち自身が変えられて行くことを切に祈り 求めてまいりましょう。

(祈り)
あの「最後の晩餐」で、「ふさわしくない者」のために、御自分の体と血とをお与えくださった主よ。
 今私たちがあなたの招きを信仰によって受け留め、決断し、あなたとその御言葉に服従して生き始めることができますように。このすぐ後に持たれる「晩餐」が豊かに導かれますよう、そこでこのお一人一人が祝されますよう、切にお願いいたします。
 恵み深い御名によって切にお祈り申し上げます。アーメン。

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