すべて主を求める者は              歴代志下第11章13〜17節

                
  今日は、「信教の自由を守る日の礼拝」として捧げております。それは、多くのキリスト教会では、明日の2月11日を「建国記念の日」ではなく、「信教の自 由を守る日」として覚え、過ごしているからです。私たちの日本社会では、先のアジア・太平洋戦争が日本の敗北をもって終わるまでは、十分・完全な信教の自 由というものはありませんでした。あくまでも、国家神道・天皇崇拝を前提し、その限界内でだけの自由でした。現代の私たちの社会でも、「完全な自由」とい うものがあるかと言えば、おそらくないでしょう。けれども、それは法の上では確かにあります。それは日本国憲法において保証されているのです。しかし、昔 は法的にもそんな完全な自由は存在しなかったのです。そのような体制を形作るための中心的な祭日が、旧「紀元節」2月11日であったのです。そのことか ら、私たちはこの日を「信教の自由」のために祈り、行動する日として守り、過ごしているわけです。

 この日に当たり、今日はこの歴代志下 の言葉を選びました。それはなぜかと言いますと、ここには、古代イスラエルに起こった宗教迫害の事件が伝えられているからです。「イスラエルの全地の祭司 とレビびとは四方の境から来てレハベアムに身を寄せた。すなわちレビびとは自分の放牧地と領地を離れてユダとエルサレムに来た。」つまり、イスラエル全国 から、神殿に仕え神礼拝のために働く祭司とレビ人たちが、ユダの都エルサレムに来て、当時の王レハベアムのもとに保護を求めて身を寄せたということが起 こったのでした。
 なぜそんなことにならなければならなかったかと言えば、北イスラエル王国で宗教迫害、宗教弾圧が起こっていたからです。「これ はヤラベアムとその子らが彼らを排斥して、主の前に祭司の務をさせなかったためである。ヤラベアムは高き所と、みだらな神と、自分で造った子牛のために自 分の祭司を立てた。」当時イスラエルは、北イスラエルと南ユダという二つの国に分裂をしておりました。その北イスラエル王国の当時の王であったヤラベアム が、神の戒めによって定められ立てられていた正当な祭司たちに、神に仕える務めをさせず、自分で勝手に不正規の者たちを祭司として立てたのだというので す。つまり、正当な祭司と、かれらを助けて働くレビ人たちは、自由にそして正しく神に仕え、神を礼拝することが、国家権力の強制により妨げられ、できなく されてしまったのです。
 このような状況に直面した本当の祭司・レビ人たちは、いったいどうしたでしょうか。「イスラエルの全地の祭司とレビびと は四方の境から来てレハベアムに身を寄せた。すなわちレビびとは自分の放牧地と領地を離れてユダとエルサレムに来た。」かれらは、このは弾圧・迫害を逃れ るために、そして正しくまた喜ばしく、自由に神を礼拝するために、自分が属していた国を脱出して来たのでした。しかも、「自分の放牧地と領地を離れて」で す。それは、かれらが生きるための大切な生活基盤でした。その土地を「離れて」、捨てて、かれらは隣の国、このエルサレムにやって来たのでした。それは、 生活基盤である土地もそうですが、それと共に、今まで自分たちが築き生かされてきた、多くの関係・絆をも断ち切って来なければならなかったことでしょう。 ですから、大変大きな犠牲を伴ってなした決断であり、行動であったわけです。
 かれらが、どうしてそんな大きな決断と行動ができたのか。それはこ うであったと、聖書は語るのです。「イスラエルのすべての部族のうちで、すべてその心を傾けて、イスラエルの神、主を求める者は先祖の神、主に犠牲をささ げるために、レビびとに従ってエルサレムに来た。」そこには、「心を傾けて、主を求める」という、神に対する信仰、さらに言うならば、神に対する愛があっ たのです。この愛と信仰のゆえに、この人々は大きな犠牲を払い、危険を冒して、この決断、この行動をしたのでした。

 この事件、この出来 事そのものが、私たちへ一つの大切なメッセージを語っています。「私たちにも、そのような状況があり得る。そのような時が来ることがあり得るのだ。その時 にも、主なる神への愛ゆえに、私たちも、勇気をもって、また犠牲をも払って、主を求めて決断し、行動すべきことがあるのだ。」
 そのような状況 を、「信仰告白の事態」と人は呼びます。「『信仰告白の事態』とは、神の御子イエス・キリストのみを唯一の『主」と言い表す信仰告白が脅かされ、揺るがさ れるような危機的な事態を指すことばです。そして、そのような事態においてこそ教会が何を信じ、何によって生かされているかを明確に告白することが求めら れる、決断的な事態を指すことばでもあります。」(浅岡勝『バルメン宣言を読む』より)
 このように語る浅岡勝という牧師の方は、現代の日本社会 において、既にこの「信仰告白の事態」が来ていると語られます。その一つのしるしは、多くの場、特に学校における「日の丸・君が代」の強制において見られ ると言われます。「私が今の状況を『信仰告白の事態』との結びつきで意識するようになった最初のきっかけは、1999年の『国旗・国歌法』の成立、東京都 教育委員会が2003年に発した『10・23通達』によって、公立学校の教師たちに対して、式典における日の丸の掲揚、君が代斉唱が強制され始めたことに あります。その後、大阪での『国旗国歌条例』(2011年)、『職員基本条例』(2013年)に見られるように、この強制の流れはいよいよ強まっていま す。―――私自身は日の丸への礼、君が代斉唱の強制は明らかに偶像礼拝性を帯びていると考えており、国家権力がそのような偶像礼拝的な行為を強制し、不服 従の場合はペナルティを科すという現状は、当事者であるキリスト者教員のみならず、日本の教会にとっても信仰告白の事態がすでに来ていることの明らかな印 であると言わねばなりません。」(浅岡勝、同上)
 そう言われてみると、そうだなと強く思わされるのです。今、いろいろな式典の場には、たいてい 日の丸の旗が掛けてあります。多くの人が、その場に上り、登壇する時に、その日の丸に敬礼をしてから、位置につき話を始めるという光景が見られます。「日 の丸・君が代」について、歴史的に、特に先の戦争中に果たした役割やそれに対する評価は不可欠であると思いますが、たとえそれをおいても、これはキリスト 教信仰からすれば、明らかに偶像崇拝であると思います。単に「旗」に過ぎないものを、あたかも「神」であるかのように扱い、振る舞う、それは聖書の信仰か らすれば、明らかに「的外れ」「罪」の行為であると言うほかはありません。
 偶像崇拝の特徴は、二つあると思います。一つは、今申し上げた通り、「神ならぬものを神とする」ことです。それは、本来の人間の生きる道、秩序を外れた行為、「逆さま、あべこべ」の生き方です。
  そしてもう一つは、それは同時に「人間を圧迫すること」でもあるということです。「神を正しく神としない」ことは、即「人間に正しく人間として接し、出会 う」こともできなくするのです。最近ある方が言っておられました。「そういうふうに日の丸・君が代を強制することは、直接的な相手の先生たちだけが目標で はなくて、その向こうにいる生徒たちやその家族など関係者をもねらっているのだ」と。「先生たちを見せしめにして、上の命令や指図に従わない場合には、こ ういうひどい目に遭うのだということを教え込もうとしているのだ」。つまり、旗や歌が、有無を言わさず人に言うことを聞かせるための道具・手段とされてい るのです。ある意味では今は、天皇や天皇制すら、そのような道具・手段とされているかもしれません。そのようにして、人を無理やり従わせて実現しようとす るものは、本当は一部の人のビジョンや利益にしか過ぎないのではありませんか。

 私たちの主イエス・キリストは、このような時代、このような状況の中で、どこにおられるのでしょうか。どこに立ち、どのようにして生きておられるのでしょうか。
  主イエスは、その生涯の始め、その働きの初めに、悪魔から問いかけられ、誘惑を受けられました。「神を礼拝することをやめて、私悪魔をひれ伏して拝むなら ば、お前にすべての権力・権勢・栄華を与えよう。」しかし、主はこの誘い、この惑わしを、決然と退けられました。「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を 拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある。」(マタイ4・10)また、「どれが最も大切な戒めですか」と訊ねられて、こう答えられました。「『心をつく し、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である。『自分を愛する ようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている。」(マタイ22・37〜40)つまりイエスは、「神を 神とし、人を人とせよ」と教えられたのです。
 そしてイエス・キリストは、この教えをご自身の生涯そのものによって実証し、実現・完成されまし た。主イエスは、私たち人間の救いのために、十字架の道を引き受け、それを担い通して、死なれたのです。それは、神を愛し神に従う道であり、同時に人を愛 し人を助けて神へと導く道であったのです。このイエスが今も復活の命において生き働いておられ、このように語りかけておられるのです。「平和をつくり出す 人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。」(マタイ 5・10)

 あの古代イスラエルの時代にも、そのような人々がおりました。「イスラエルの全地の祭司とレビびとは四方の境から来てレハベ アムに身を寄せた。すなわちレビびとは自分の放牧地と領地を離れてユダとエルサレムに来た。」「イスラエルのすべての部族のうちで、すべてその心を傾け て、イスラエルの神、主を求める者は先祖の神、主に犠牲をささげるために、レビびとに従ってエルサレムに来た。」このような人々を助け、迎え、共に生きよ うとする人たちがいました。南ユダ国の王レハベアムは、そのような人々に押されて、この避難民たちを受け入れ、かれらを助けたのでしょう。神ご自身が、こ のような人々をとりわけ愛し、とりわけ助けて、共に歩み共に生きてくださるのです。
 また、このこれらの出会いと出来事について、このように記さ れています。「このように彼らはユダの国を堅くし、ソロモンの子レハベアムを三年の間強くした。彼らは三年の間ダビデとソロモンの道に歩んだからであ る。」この世の権力者・政治家というのは、頼りないもので、たった三年間しかこの姿勢、この立場を守りきれなかったようです。その後、逃げて来た人たち は、苦難の道を歩むこともあったでしょう。
 しかし、その三年間は、この人たち、「主に心を傾け、主を求める者たち」は、国を堅くし、強くしたの だというのです。ここから、大切なことを教えられます。批判的な人たち、簡単には言う通りには動かない人々が、かえって国のためには必要なのです。むし ろ、国や権力者への批判を弱め、自由を圧迫することは、国を弱くするのです。ある方がこんな例を出しておられました。「ある集団があって、それはボスの言 う通り、みんなのする通りに動く。ある時ボスが、毒キノコを見つけて『これはきれいで、うまそうだ、みんな食べようぜ』と言って、誰もが疑いも抵抗もせず に食べたら、全滅や。」

 ここからは、私の想像と期待、そして信仰です。あの人たち、北イスラエルから信仰の自由を求めて逃げてきた人た ちは、どんな顔をしてエルサレムにやって来たのだろうかと思います。肩に力を入れて、悲壮感を漂わせて、不安と恐れに苛まれながら、来たのでしょうか。い いえ、決してそうではないと私は信じるのです。かれらは喜びと、解放感と、そして将来に向けて主なるかみのゆえに大いなる希望をもって、やって来たのだと 確信するのです。「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろ う。」(詩篇126・5〜6)
 「ドイツ教会闘争に参加し、バルメンの会議に結集した教職、信徒たちは、他の人に強いられてこの闘いに参与したの でも、何かの義務感によって集まったわけでもありません。彼らにとってこの闘いの列に連なることは、『被造物に対する自由な感謝に満ちた奉仕へと赴く喜ば しい解放』以外のなにものでもありませんでした。このように彼らを解放したのは、いかなる被造物によっても束縛されることのない、主イエス・キリスト福音 そのものであったと言えるでしょう。この―――ことばから溢れ出る明るい喜びの響きは、主イエス・キリストの福音そのものが持つ明るさです。しかもその明 るさは、終末論的な希望の光に包まれた明るさです。―――いまはこのような暗やみの力が圧倒する中にあっても、やがて来るべき終わりの時には、神がすべて のすべてとなってくださる。この福音の持つ希望と慰めのゆえに、私たちは信仰の闘いの道を歩まされる時にも、自由と解放の喜びを持ってその道を進むことが できるのです。」(浅岡勝、前掲書より)

(祈り)
天におられる私たちすべてのものの神、御子イエス・キリストにおいて私たちを最後まで愛し抜かれる神よ。
  信仰の自由、礼拝の自由を求めて、古代イスラエルの「すべて主を求める者たち」は、故郷を離れて神の都に来ました。あなたご自身がかれらを迎え入れ、かれ らを助けて共に生きてくださいました。今も私たちにも、そのような状況と時がやって来ます。イエス・キリストこそ、私たちのまことの羊飼いであり、まこと の道であられます。どうぞ、このお方に、今ここから喜びと希望をもって、何よりも愛をもって従い、あなたが出会わせてくださる隣人に仕え、共に生きて行く ことを与え、お導きください。教会の証と奉仕を強め、用いてください。
天地のすべての権威の主、世の真の救い主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。


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