イエスの言葉を聞きに行こう           マルコによる福音書第16章1〜8節


  今年度の私たち四日市教会の主題「主に聞き、互いに聴き合い、共に見る」の最初の段、「主に聞く」ということから始めています。しかも今がイースターに続 く復活の季節なので、「復活の主の言葉に聞く」、「聞け、復活の主の言葉」というテーマでお話ししています。そこで今日は、この「マルコによる福音書」か ら、復活の主の御言葉を共にお聞きしたいと思います。
 と言ったところで、ここでいきなり、私たちは困ってしまいます。なんと、このマルコの福音 書には、復活のイエスのお言葉は、全く記されていないのです。ちなみに、本来のマルコ福音書は、この16章の8節までで、それ以後の文章は後の時代の加筆 部分であると言われています。その証拠に、すべてカッコの中に入れられています。そうしますと、この8節までには、復活されたイエスが直に語られた言葉 は、一切ないのです。
 いったいどういうわけでしょうか。

 イエスが十字架にはりつけられ、殺されて死なれたその翌週、その週の 初めの日、明け方まだ暗いうちに、イエスの墓へと向かって行った女たちがおりました。彼女たちは、イエスの遺体に香油を塗ってさしあげようとしていまし た。しかし、それは虚しい願い、届かない思いでした。すぐ後で見ますように、墓の入口を大石がふさいでいて、イエスの遺体の近くに行くことはできません。 また仮にその近くに行けて、香油を体に塗ったとしても、それがいったい何になるのでしょう。それでイエスが帰って来られるわけではありません。ただお別れ を告げ、区切りをつけるだけのことです。また彼女たちは道々、「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と語り合っ ておりました。それは、厳しく、酷い現実をもろに表していました。物理的壁、社会的・政治的障害、そして何より「死の力」という恐るべき現実が、彼女たち を隔て、取り囲み、苦しめていたのです。
 しかし実際に墓に来てみると、なんとなんと、あの大石は既に転がしてあったのだというのです。「ところ が、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。」しかも、墓はもぬけの殻、空っぽだったのです。女たちの思いと予想を、 まるっきりすっぽかして、根底からひっくり返して、出来事は起こりました。向こう側から、神ご自身がやって来られて、引き起こされた出来事だったのです。
 墓は空っぽだった、だから、そこにイエスはおられなかった、それだから、ここには復活の主の言葉はないのです。ただ、墓の中には天使のような姿の若者が一人いました。「墓の中にはいると、右手に真っ白な長い衣を着た若者がすわっているのを見て、非常に驚いた。」
  復活の主イエスは、ここにはおられません。だから主のお言葉は、ここにはありません。けれども、この天使のような若者が、彼女たちに告げた言葉がありま す。彼が告げた告知、知らせの言葉はあるのです。「するとこの若者は言った、『驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜してい るのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい。ここがお納めした場所である。今から弟子たちとペテロとのところへ行って、こ う伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおりそこでお会いできるであろう、と』。」
 ここ で、私たちにわかることがあります。復活の言葉は、ただ私たちへの呼びかけの言葉、知らせの言葉、招きの言葉としてだけあるのです。そういう呼びかけの言 葉としてだけあり、招きの言葉としてだけ私たちへと届けられるのです。この言葉は、私たちにも向けてこう語っています。「イエスはよみがえられた。ガリラ ヤへ行け。そこでお会いできる。そこでこそ、復活の主の御言葉を聞くことができる。」

 この天使が、私たちにも告げてくれている復活のメッセージとは、何でしょうか。
  それはまず、「出かけて行かなければならない」ということではないでしょうか。「今、ここから出かけて行く」のです。現状に満足し、あるいは「できるだけ 何も変わってほしくない、できるだけこのまま安定して、安住して、安楽に過ごしたい、生きたい」という、「保守的」志向の中では、復活の主に出会うことは できないのです。もっとも、私たちの人生は、決してそんなままでいつまでも続き、そんなままで終わることなどできはしないのですが。天使は告げます、「ガ リラヤへ行きなさい」。
 「ガリラヤ」とは、弟子たちにとって「挫折の地」です。「家族を捨て、家を捨て、仕事を放り出して、イエスについて行っ て・・・イエスと共に過ごした解放的な生活―――しかし、今となっては、―――リーダーのイエスが十字架で処刑されてしまっては―――誰の目にも失敗とし か映らない・・・。今更どの面下げて・・・どんな顔をして故郷に帰れば良いのか・・・。復活のイエスにお会いするためには嫌でもガリラヤに帰って行かねば なりません・・・。捨てた家族や仲間たちは赦してくれるだろうか・・・。たとえ家族や仲間たちが彼らを赦し、村の一員として受け入れてくれたとしても、そ こには以前と何も変わらない生活が待っています。そんな厳しい現実が待つ故郷ガリラヤへ、彼らは帰って行ったのでしょうか。」(今井敬隆『あなたのガリラ ヤへ』より)
 また、「ガリラヤ』とは、苦しめられている所、苦しみのあるところです。「ガリラヤはエルサレムから見ると広範な被差別地域です。 国内植民地のような扱いを受けていたと想像できます。おそらくそこに生きる人々は、不当な苦しみを強いられつつ暮らしていたのでしょう。―――イエスが先 立ち導くガリラヤとは現代社会においては何処になるのでしょうか。社会の歪みによって傷つき、倒れ、呻く人々のいるところ、それらはすべて現代のガリラヤ です。拡大解釈すれば、わたしたちが日ごとに苦労しながらも何とか支えられながら生きている今という日常をガリラヤと呼んでも、あながち外れではないので す。」(日本キリスト教団大上岡教会ホームページより)
 「今年は久山療育園の創立42周年になりますが、重度の重複障害をもつ娘もここに入所し て25年、今年42歳になります。―――療育園の発展の歴史は、娘と私たち家族の半生そのものでもありました。―――幾多の手術を受けながらよく今日まで 耐えられた娘の強い生命力と、家族としても困難な状況を辛うじて乗り越えられたのは奇跡のような気がします。―――あまり聖書は学んでいませんが、これは 私たちに与えられた試練なのだと悟り、『神は・・・あなたがたを耐えられない試練に遭わせることはない』という言葉だけをたよりに生きてきました。」この 方は、そのような苦しみの場所「ガリラヤ」で、復活のイエスにお会いになったのだと、私は思います。「私は重症の子供と共に生きる(leben mit)ことによって、かけがえのない人生を学ぶことができました。でなければもっと傲慢な人間になっていたかもしれません。」(福田靖「共に生きる」、 『バプテスト心身障害児(者)を守る会 愛の手を』2018年3月1日号より)

 次に、天使が告げてくれるのは、「そのままのあなたから 始めることができる」ということではないでしょうか。復活の知らせを聞いた女たちの反応はこうであったと、聖書は語っています。「女たちはおののき恐れな がら、墓から出て逃げ去った。そして、人には何も言わなかった。恐ろしかったからである。」何ということでしょうか。「これが、復活の知らせを聞いた反 応?」「喜び勇んで、希望に満ちて、いきいきと生き始めた」というのではないのです。「おののき恐れて逃げ去った、人には何も言わなかった」。またこの福 音書は、復活を聞いたほとんどすべての人の反応として、「信じなかった」ことを告げています。「信じなかった、信じなかった」。そんなかれらに天使は呼び かけるのです、「ガリラヤへ行け」と。それは、「そこから始めることができる、今そのままのあなたから始めることができる」という、「良き知らせ」福音で す。「信じることができない」そこから、「恐れて逃げ去る」ようなそこから、「人には何も言えない」そこから、そこからあなたは出発して行ける。復活のイ エスにお会いするために、そこからあの「ガリラヤ」へと出かけて行ける。それでいいのだ、だから行きなさい!

 そして天使が何より告 げてくれるのは、「そこでこそ、あなたは復活のイエスとお会いできる、そしてその御言葉を聞くことができる」という知らせ、約束です。「イエスはあなたが たより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう。」イエスは、私たちにはるかに先回りして、思いも計画も願いをも超えて、イエスは私たちのた めにはるかに先を進み、そして向こう側から、私たちの力や心がけによらずに、ただ恵みによって出会ってくださるのです。
 山形県酒田市で、バプテ ストの東北地方連合が新規伝道を20年間行い、そして2016年同伝道所は閉鎖されました。その間の伝道の歩みを記した記念誌が、私たちにも届けられてい ます。酒田は、ある意味では、「ガリラヤ」のような困難な地、苦しみの場所であったでしょう。「産業も少なく、職を求めて酒田から出て行く人も多いので、 人口は年々減っています。全国上位の自死率の高さが示しているように、人との関係を上手く築けなかったり、経済的な困難さを抱えたり、さまざまな依存症に 苦しんでいる方々にとっては、けっして暮らしやすい土地とは言えないでしょう。」(藤井麻美、『二十年の歩みを感謝して 東北バプテスト連合酒田開拓伝道 の軌跡』より、以下同じ、引用はお名前のみ、敬称略)設立当初関わった方は、こんなふうに言われたそうです。「どの会社の支店や出張所も、今では撤退して いるのに、教会さんはすごいですね。酒田に支店を出されるんですね。」(川上敏夫)
 そしてこの地に牧師として赴任され八年半働かれた藤井秀一牧 師と、そのご家族とは、この苦難の地「ガリラヤ」でもある酒田で、まさに「復活の主イエスと出会う」経験をなさったと、私は思います。藤井先生は、こんな 日々でもあったと振り返られます。「孤独感にさいなまれた日々。冬の吹雪の中で、祈り考え続けた日々。失望に押しつぶされそうなとき」。(藤井秀一)しか し、その日々の中で、先生方はこのようなイエス、あのガリラヤで宣べ伝え、働かれ、生きられたイエスと出会うのです。「イエスさまは、ただみ言葉だけを 語って聞かせる『伝道』などなさいませんでした。神の子でありながら、人となり、人々と共に生活し、愛し仕え、共に生きる中で、ご自分の存在を見せつつ御 言葉を語ったのでした。」(同上)そこでの日々の生活と奉仕の中で、復活のイエスは向こう側から、先生方に出会われました。「伝道所では多くのプログラム はなかったので、訪ねて来られた方々からゆっくりとお話を伺うことがありました。それぞれの方のご家庭や仕事、人間関係の悩みを伺い、時には食事を共に し、祈り合う。それは、私たちがこの地でさせていただいた大切な奉仕だったと思います。イエス様はこのようなことを言われました。『―――わたしの名のた めにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。―――』」―――話を聞くことが、その人を受け入れるということになるならば、 伝道所に来られたお一人ひとりのお話を伺い、祈り合えたことは、私自身がイエス様を受け入れることにつながっていたのだと改めて思わされています。」(藤 井麻美)この方自身が、その教会を訪ねて来られた一人一人を受け入れ、その言葉を聞こうとする中で、それが同時にイエス・キリスト御自身を受け入れ、イエ スと出会うことになっていたのです。復活の主は、この地で、こうして、かれらと出会ってくださっていたのです。「復活の主に出会って、『わたしたちの心は 燃えていたではないか―――』と語り合った弟子たちのように、私たちは酒田伝道の中に、生きて働いておられる主イエスの御姿を確かに見たのではないでしょ うか。」(金子純雄)
 天使は、今日も私たちに告げ、そして招きます。「イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう。」私たちも、復活のイエスの言葉を聞きに、今日ここから出かけて行きましょう。

(祈り)
天におられる私たちすべての者の神、御子イエス・キリストによって私たちをどこまでも愛された神よ。
  あなたは女や男などの弟子たちすべてに先立って、十字架に殺されて死なれたイエスを、死の中から起こして復活させられました。今天使は私たちにも告げ招き ます。「あなたがたもガリラヤへ行きなさい。そこでお会いできるであろう。」私たちも同じく、「恐れ、逃げ去り、何も言えない」者でしかありませんが、こ んな私たちがあえてあなたから呼びかけと招きをいただいていますから、あなたから来る信仰と勇気、そして希望とをもって、恐る恐るでもここから、一歩一歩 でもここから踏み出し、出かけて行く事ができますように。そして、私たちそれぞれの「ガリラヤ」で、復活の主の御言葉を聞くことがゆるされますように、切 に願います。
復活にして命なる救い主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

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