イエスが生まれ、生きた世界の中を                マタイによる福音書第2章13〜22節

 
 「なぜ、こんなことが、ここに、聖書の中に記されているのか?」これが、私たちが強く抱く疑問です。
  クリスマスの喜びも束の間、このようなひどい出来事が立て続けに起こるのです。苦労の末に初めての子イエスを生んだマリヤ・ヨセフ夫婦に、真夜中、切迫し た主の御使の声が響きます。「見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、『立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知ら せるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼子を捜し出して、殺そうとしている』。」なんということでしょう! 初めての子を生んだ喜びをかみしめる 間もなく、夜の間に追い立てられるようにして、着の身着のままで、しかも慣れない外国エジプトに逃げて行かねばならないというのです。まるで、いえまさに 「夜逃げ」です。旅のための準備、お金は? エジプトでの生活は? 全く何も保証されてはいません。ただ自分たちの命一つを救うために、何が何でも逃げなさい! ヨセフは黙って、この命令に従いました。「そこで、ヨセフは 立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。」
 事はそれだけでは終わりませんでした。「ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基づいて、ベツレヘムとその附近の地方とにおる二歳以下の男の子をことごとく殺した。」

  なぜ、聖書はこのような悲惨な事件を記すのでしょうか。「聖書なのに」、いえ、聖書だからこそ、私たちが住んでいるこの世界の現実を、ごまかすことなく、 真正面からありのままに描いているのではありませんか。それは、イエス・キリストが生まれた世界、主イエスが来られた世界が、どのようなところであったの か、どんなものであるかのを、私たちにもう一度はっきり告げるためではなかったでしょうか。それは、人が人の命を奪って行く世界です。人間の罪、とりわけ 力ある者たちの罪が、小さい人たちの命を抑えつけ、削り、損ない、ついには奪い取って行く、そんな世の中なのです。
 「このラケルの泣 き声(注:自分の子が戦争などで殺されるのを嘆く声)は、イスラエル、パレスチナ地域において、今日でもこだましていると思います。その泣き声は、イスラ エル、パレスチナを超えたところでも、こだましています。イラク戦争の折には、アメリカの誤爆により、そこで子どもを失ったは母親の泣き声を聞きました。 あのラケルの泣き声が地球全体をおおいつくすようにこだましているのです。」(松本敏之『マタイ福音書を読もう1』より)
 そしてこの罪から、私 たち日本に住む者たちもまた逃れているわけではないのです。「戦後の日本の経済復興は、朝鮮半島で南北が分かれて激しく戦ったあの戦争での特需景気によっ てもたらされたのでした。アメリカ軍はこのとき、日本空襲に使った弾薬を上回る規模の空襲を敢行しました。朝鮮半島は全土が戦場になり、多くの地域が丸焼 けにされてしまいました。この時、日本が大儲けをしたことを私たちは恥じる必要があるし、何かを朝鮮半島にお返ししなくてはいけないと思います。いやそも そも長きにわたる植民地支配に対する謝罪とて、朝鮮半島の南半分にはある程度しただけで、北半分にはまだ一切していないのです。さらに日本はベトナム戦争 を行うアメリカをも全面的に支持しここでも大儲けをしました。その後のアフガン戦争だって、イラク戦争だって日本はいの一番に支持しました。イラク戦争な ど『大量破壊兵器』などどこにもない、大義のひとかけらもない侵略戦争だったのに。もうこんなことに手を貸し続けるのはごめんです。戦争が悪いものである のなら、私たちはどんな国の戦争も支持すべきではないし、手を貸すべきではないのです。」(守田敏也ブログ「明日に向けて」より)
 そうです、こ れが私たちが生きている「罪と死の世界」の実態なのです。病があり、災害があり、迫害があり、戦争があり、そうして人々が傷つき、苦しみ、あるいは殺され て死んで行く。それはこの私たちにとっても「対岸の火事」ではありません。明日から、いや今日からでも、私たちをそのような苦しみや困難、試練が襲わない という保証はどこにもないのです。

 そういう私たちの世界に対して、まさにそういう私たちに向かって、聖書がためらうことなく、繰り返し 強調して告げているメッセージがあります。それは、「にもかかわらず、救い主イエスは、神のご計画に従って、そういうこの世界に来られた」ということで す。「にもかかわらず、イエスはこの世界の中に生まれることをあえて選び取り、そこに来られて、この世界のただ中を生きられた」ということです。今日の箇 所の中で、繰り返して「それは神の御言葉が実現するためであった」というふうに記されているのは、まさにこのことを指し示すためではないでしょうか。
  以前私は、「私たちすべての者は、自分が生まれることを選ぶことはできないが、私たちの信仰によれば神の御子イエスだけはそれを選ぶことがおできになっ た」とお話ししたことがあります。もし本当にそうだとして、また私たちがイエス様の立場であったならば、そんな世界の中へとわざわざ生まれて行きたいと願 うでしょうか。そして、そのような世界の中でも、あえてこんな立場と境遇、もっと言えばこんな人生さらには「運命」の中を生きて行こうと思うでしょうか。 でも、主イエスはそれを選び、選び取られました。イエスは、このような世界のただ中に生まれ、そしてこの世界の中をあえてこのように生きて行くことを選 び、実行なさったのです。
 ですから、ここには決断があります。はっきりと、そしてきっぱりと下された神の決断があるのです。それは、「共にあ る」という決断です。それは、「この罪と死の世の中で罪ある人間と共に生きよう、とりわけ苦しむ人々、苦しめられている人々、軽んじられ、脅かされ、はじ き出され、追い回され、ついには殺されて行く人々と共にあろう、どこまでも共にあろう、その道へと入って行こう、そしてそこで生きて行こう」という決断で す。だからここにはもう、十字架に向けて進み行く道が始まっています。
 決して、「他のかわいそうな幼子たちは殺され、イエスだけは助かった」と いうのではないのです。主は、この「初め」のそのままに、その御生涯すべてを通して、さらに深い苦難の中に入り、その道を進んで行かれました。私たちすべ ての罪と、全世界の苦しみ・悩みを引き受け、担いつつ、ついにあの十字架に引き行かれ、そこで「最低・最悪」の仕方で無残にも殺され、死んで行かれたので す。
 「主イエスは屠られて行く羊のように、黙して死なれました。その生涯を豊かに、明るく、悔いなく全うすることから程遠い命を生きた、無数の 人たちの死を覚えるように。生きてきたことのあかしも、意味もなく、無残に死んだ夥しい人たちのことを身に負ってイエスは死なれたのです。クリスマスはそ の人たちの哀しみと苦しみをも共に担う決意を表しています。畢竟、すべての人の命は意味があり、貴く、神にあってはかけがえのないものであることを聖書は 降誕のメッセージとして語っているのです。」(潮義男『神の国の奥義 上』より)
 だからこそ、このイエス・キリストの別名は「インマヌエル」、 「神我らと共にいます」と言うのです。「神我らと共にいます」、どこまでも我らと共にいます、どこにおいても、どんな道においても我らと共にいます。私た ちがこの年行く道もまた、これほどではないかもしれませんが、試練と苦しみ、また葛藤と迷いが、繰り返し襲って来るかもしれません。しかし、聖書はその私 たちにも福音「よき知らせ」を語るのです。「インマヌエル」、神我らと共にいます、この世界のただ中に、その道の上に、救い主イエスは共にいてくださる、 どこまでも、徹底的に、最後の最後まで共にいてくださる。

 この福音によって支えられ、守られ、導かれる私たちには、一つの新しい道、新しい生き方が開かれ、与えられ、委ねられていきます。
  それは、何より先に、誰よりも先に、イエスご自身が歩まれた道です。「エジプトに逃げて、命が助かった幼いイエスは、ヘロデの幼児虐殺によって自分の身代 わりに殺されてしまった幼い子供たちの死を負い目として背負いつつ成長したに違いありません。そしてそのようなことのない、人間同士が殺し合い、憎しみ合 う罪の現実に代わって、すべての人が神の愛を体現する、それぞれの固有の生をもって、お互いが兄弟姉妹として生きることのできる神の国の実現成就のため に、その公生涯を歩まれたのです。」(ブログ「なんちゃって牧師の日記」より)
 このイエスによって愛され、救われ、生かされた私たちも、「イン マヌエル」を表わし、証しする者とされるのです。その代表は、このヨセフです。ヨセフは、神の言葉と導きに黙って従います。彼は困難を目の前に見ながら も、立ち上がって行動するのです。ヨセフは、マリヤとイエスを、自分よりも弱いと見られる者たちを、自分の全力を尽くして守ろうとします。そして彼は、迫 害と困難の中でも、忍耐と希望をもって、神の勝利と導きを待つことができるのです。

 そして今日は、もう一人の証し人のことをご紹介したいと思います。それは、19世紀から20世紀にかけて生きた、ドイツの版画家・彫刻家であった女性、ケーテ・コルヴィッツという人です。
  「ケーテは1867年に東プロセインのケーニヒスベルクで左官屋の親方の娘として生まれました。―――連作版画「織工の蜂起」や「農民戦争」によって特に 「貧困」と「戦争」という厳しい現実とまっすぐに向かい合いながら、女性として、特に母親としてのまなざしでそれらの悲惨を見つめ続け、作品を通して訴え 続けたケーテ・コルヴィッツですけれども、1914年の夏、第一次世界大戦が勃発しドイツ全体が『祖国防衛』の熱気に包まれて行く中、ケーテの長男のハン スに動員がかかり戦場に赴くことになります。そしてまだ18歳の二男のペーターまでもが志願兵となることを熱望し、そのための許可を両親に迫ったのです。 ―――涙にくれながら愛するペーターを戦場に送り出してわずか二か月余りの10月30日に、一通の手紙が届きます。そこにはたった一行、『あなた方の御子 息は戦死されました』と書かれていたのです。―――苦難の時代を経験してきた者の証しとして、連作木版画『戦争』を制作いたします。この『戦争』の制作を 通して、ケーテ・コルヴィッツは戦没志願兵の母親としてのやり場のない苦しみと悲しみを乗り越えて、抑圧された人々と共に平和のために戦う芸術家へと変貌 を遂げて行きます。そして、一度は放棄した戦没兵士のための記念碑としての彫刻制作を再開し、1929年10月についに完成させたのです。しかしそこに愛 するペーターの姿はありませんでした。悲しみの中でひざまずいて祈る父と母の姿だけをケーテは刻みました。すなわち、ケーテ・コルヴィッツは祖国を愛して 命を捧げた息子ペーターの「犠牲の死」の意味を、最終的には否定したのです。―――未来ある若者たちがその尊い命を落としてゆく『戦争』は、その『犠牲の 死』は、決して美化されてはならない。それが、母であり彫刻家であるケーテ・コルヴィッツが苦悩の末にたどり着いた結論でした。彼の死は無意味な死であっ たということをまっすぐに認めることが、本当の意味で彼の死を無駄にしないことなのだと、ケーテは悟ったのだと思います。―――ケーテ・コルヴィッツはそ の後、ナチス・ドイツに反対する署名をしたために『退廃芸術家』の烙印を押され、職を失い、アトリエも発表の場も失います。そして孫のペーターまでも、ロ シア戦線で失うのです。それでも彼女は、『平和への願い』を込めた作品を作り続けました。」(日本キリスト改革派神戸長田教会牧師 吉田実氏による)
 この罪と死の世界の現実から目をそらさず、常に共にいてくださるイエスを信じ、イエスに従い、私たちも自分に開かれ与えられた道を共に歩み、あえて信頼され任された課題を、少しでも、一つでも、力一杯、信仰と希望と、そして愛に満たされて、共に果たしてまいりましょう。

(祈り)
天におられる私たちすべての者の神、御子イエス・キリストによって私たちを極みまで愛された神よ。
  御子イエスは、この罪と死の世に生まれ出、その世界の中を生きること、とりわけ飼い葉桶から始まり十字架に至るその苦難の道を歩むことを、あえて決断し、 選び取られ、歩み通されました。この道は神の道であり、あなたの愛と真実の道です。このイエスの道によって、私たちの罪と死の道は終わり、代わりに命と幸 いの道が開かれ、与えられました。
 この新しい道を感謝しつつ、共なるイエスに従いつつ歩む私たちも、どうかこの「インマヌエル」の恵みとその幸いとを、少しでも、一つでも表し、行い、証しする者たちまたその教会とならせてください。
まことの道、真理、そして命なるイエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

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