「ああ」から始まる伝道              列王記下第5章1〜5節

 
  今年度の私たち四日市教会の主題「主に聴き、主を信じて、共に語る教会」にちなみ、今日からしばらく、「共に語り、伝える教会」というテーマでお話をして いきます。今まで、「祝福」について、また「平安」について、共に主から聴いてまいりましたので、これからは「主を信じて、共に語る」ということをお話し していくわけです。ですから、テーマは一言で言えば「伝道」ということになります。
 それで、私の今回のお話には、特徴があります。それは「脇役 のような人たち」に主に光をあてていくということです。本当は、神様の前には「主役」も「脇役」もありません。皆根本的に平等なのです。そしてそれぞれに 人にふさわしく、その人でなければできない働きを任せ、させてくださり、豊かに用いてくださるのです。

 さて、今日からの箇所が伝える、スリヤの将軍ナアマンの病のいやしは、一人の少女の「ああ」という嘆きの声から始まりました。「ああ、ご主人がサマリヤにある預言者と共におられたらよかったでしょうに。彼はその病をいやしたことでしょう。」
  スリヤの国の将軍ナアマンは重い病に苦しんでいました。「スリヤの軍勢の長ナアマンはその主君に重んじられた有力な人であった。主がかつて彼を用いてスリ ヤに勝利を得させられたからである。彼は大勇士であったが、重い皮膚病をわずらっていた。」それは当時「不治の病」のように思われていました。
  ところが、そのナアマンに救いをもたらす第一歩は、「ああ」という嘆きの言葉であったのです。誰の「ああ」であったのでしょうか。それは一人の少女の声で ありました。「さきにスリヤ人が略奪隊を組んで出てきたとき、イスラエルの地から一人少女を捕らえて行った。彼女はナアマンの妻に仕えたが、その女主人に むかって、『ああ、御主人がサマリヤにいる預言者と共におられたらよかったでしょうに。彼はその病をいやしたことでょう』。」

 ここで注 目したいのは、この少女が「三重の意味で弱い立場に置かれていた人」であったことです。まず、彼女は「略奪隊によって暴力的に捕らえられ、連れて来られた 人」であったのです。そのような人は、自分の故郷から切り離され、生きる基盤を奪われ、生きて行くための時間や希望や意志を取り上げられてしまったことで しょう。また、彼女はまさに「少女」でありました。古代においては、今以上に女性の地位は低く、おまけに彼女は年若く、「未熟」と見られるような「少女」 であったのです。さらにまた、この「少女」は、連れて行かれた先で、案の定ナアマンの妻である女主人に仕える「しもべ」の立場に置かれていたのです。その 「三重の意味」で、彼女は社会的・この世的には、「何の力もなく、何の利点もなく、何の貢献も果たせない者」のように見られていたのです。

 しかし、この一人の少女の「ああ」という嘆きの声が、一人の人ナアマンの人生を変えたのです。彼を、神の救いへと導く、最初のきっかけ、記念すべき始まりとなったのです。
 彼女の「ああ」という言葉、それはいったい何であったのでしょうか。それはどんな気持ちを表し、どんな内容を告げるものであったのでしょうか。
  「ああ」、それは何より、嘆きの言葉です。それは、「ああ」と隣人の痛み、苦しみに共感し、その人に連帯し、共に苦しみを感じ、共に痛みを引き受け、担っ て行こうとする言葉です。それは、パウロが後に「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ12・15)と語り勧めたような、隣人への愛に裏付 けられ支えられて、共に生きようとする生き方なのです。
 「ああ」、それはまた、神と神の国、その力、その現実、その本質を知る言葉です。「あ あ、あなたも、イスラエルの主なる神を知っておられたら、どんなに良かったことか。この神様の愛と真実、また力と救い、その素晴らしさとその幸いとを、 知っておられたら良かったのに。そして、それをご存じないとは、何という残念、何という損失でしょう。」これは逆に言えば、少女が、それをよく知っていた からこそ言える言葉、知り味わい経験していたからこそ出て来た「嘆き」であったのです。「嘆き」「ため息」として思わず出るくらいに、神の愛と恵み、その 力と真実とをその身と心とをもってとことん知っていたからこその言葉であったのです。その神の愛と力とを、当時のイスラエルの王も知らなかったこのこと を、この一人のとことん弱い者であるこの少女が知っていたのです。イエス・キリストが語っておられる通りです。「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえま す。これらの事を知恵のある者や賢いものに隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことにみこころにかなったことでした。」(マタイ 11・25〜26)
 「ああ」、それはさらには、具体的に提案する言葉です。「御主人がサマリヤにいる預言者と共におられたらよかったでしょう」 と、具体的に「サマリヤにいる預言者」と語っているのです。それは暗に、「ぜひその預言者に会いにいらしてはどうですか」と言っているのです。それは、あ る意味で「大胆な言葉」です。社会的な責任とリスクが伴う言葉です。「ああ、それはお気の毒ですね」と言っているうちは何も問われる事はありませんが、 「サマリヤにいる主の預言者ならばいやすでしょう」と言ったならば、ただでは済みません。もしいややされなかったら、どうなるのですか。おそらく少女の地 位や立場は、今よりもって悪くなることでしょう。それでも、彼女はあえて言いました。それは神の愛と力とを確信していたからです。「わたしを強くしてくだ さるかたによって、何事でもすることができる」(ピリピ4・13)と確信していたからです。
 皆さん、伝道は、このような「ああ」という言葉から 始まるのです。この言葉を伝えられて、ナアマンはとうとうイスラエルまで行って、預言者エリシャに会いに行く気になりました。それで王様から休暇をいただ いて、行って来て、そしてエリシャと出会い、病のいやしを受け、何よりイスラエルの主なる神と出会い、主を信じるようになって帰って行ったのです。ナアマ ンの救いと信仰は、この「ああ」という一言から始まったのです。

 皆さん、私たちはいかがでしょうか。
 私たちは、何と言っても 「伝える」ことを目指してはいるのですが、やはりここでも「聴く」ことから始めなければならないのではありませんか。この「少女」を通して語り、嘆いてい たのは、神御自身ではなかったでしょうか。そして新約聖書によれば、この世の「いと小さき者」の中におられ、「いと小さき者」を通して語り、招いておられ る方こそ、イエス・キリストではありませんか。「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わ たしにしたのである。」(マタイ25・40)このような人たちを通して、神の真理が語られているかもしれないのです。かれらの「ああ」という嘆き、うめ き、叫びの中で、神が語っておられるかもしれないのです。私たちは、その「ああ」という言葉に、まず注意深く「聴く」者でありたいと切に願います。
  明治時代、田中正造は、最もひどい公害の被害によって苦しみを受けた谷中村の村人たちと共に、足尾鉱毒事件を経験し、共に抵抗の日々と生き方を送っていま したが、ある時から、まさにこの当時「最も小さい者」とされた谷中村の人たちの声を通して、神の言葉を聴くことを学んだのでした。「田中ははじめて自分の 眼前で、普段は何の気負いも怒りも見せない谷中人民が、実は内にきびしい覚悟をもって闘いに従事していたことを知った。それは田中をはじめ、知識人たちに よってなされた、居丈高に不正義を詰問し、大声でする正義の闘いとはまるで性格を異にするものだった。それは声のない、(ただ「ああ」という嘆きと呻きを 伴っての:加藤)しかしその実、身を賭した闘いであった。田中は彼の意志とはまったく関わりのないところで、谷中人民が闘いの中核となっていたことを知っ て胸を詰まらせた。悲惨の中で生きること、それを生きぬいてそれを突きぬけるほかに救いはないことを彼らがとうの昔に選択していたことに気づいて自分を恥 じた。」(『栗林輝夫セレクション1 日本で神学する』より)

 「クリスチャン新聞福音版」の今年の八月号に、田中敏信という牧師の方の証が載っていました。この方は、中学の時に若くして網膜剥離から失明するという経験を経て、後にイエス・キリストへの信仰を与えられ、献身して牧師にまでなられた方です。
  彼が病を得てそれがだんだん重くなっていったときのこと、大学で一人のクリスチャンに出会います。その友人に自分の疑問をぶつけたのです。「『手や足が全 然動かない人も勉強しているが、勉強して何になるのだろうか』。―――すると、彼はこう答えた。『人にはそれぞれ役目がある。人間には手や足やいろんな部 分があって、手は足に向かって、お前はいらないとは言えない』。」(「クリスチャン新聞福音版 2017年8月号より)それは聖書そのままの言葉のような 言葉です。しかし、それはあの「ああ」と同じように、田中さんに共感して思わず出た言葉、そしてこの言葉の力を確信していたがゆえの、ごく自然なそして確 信に満ちた一言ではなかったでしょうか。この一言が田中さんを神の方へとその第一歩へと押し出したのです。
 さらに教会に行き始めた田中さんは、 ある時牧師に疑問をぶつけました。「『盲人が盲人の手引きをすると、ふたりとも穴に落ち込む』―――このイエスさまの言葉はひどいじゃないですか、(新約 聖書・ヨハネの福音書9章の「生まれつきの盲人」の記事を読んで)神のわざが現れるために見えなくしたなんて、嫌だ。承服できない・・・』そんな田中さん の疑問に、牧師はこう答えた。『そうだなあ。申し訳ない。君だけにそんな苦労をかけてしまって・・・』。その言葉に、牧師の誠実さを感じたという。『理屈 でこうだとは言わなかった。すごいなと後で思いました』。」(同上)これもまた「ああ」という言葉ではないでしょうか。「ああ、君ごめんね。ああ、君つら いね。ああ、それでも神様は君のことを愛しているよ。」自分の信仰や立場を正当化する理屈ではなく、彼の痛みに苦しみに聴き入り共感するがゆえの、そして 神の圧倒的な彼への愛を感じ信じるがゆえの、思わず心の奥から出て来たその一言であったのではないでしょうか。「神さまを信じた田中さんは、教会に行き始 めてから三か月後、洗礼を受けた。」(同上)

 そうして「聴き」ながら、「聴く」ことの中で、私たちも「ああ」という言葉を思わず発するようにされていきたいのです。隣人の痛みや苦しみに面するところで、「ああ」と
共 に嘆くことができるように。しかしまた同時にそこに表されるであろう神の国の力と神の真実な愛とを信じ、それに切に願い、求めることができるように。さら にまた、その隣人に向かって、恐れずに一つの小さな、しかし具体的な提案を込めて「ああ」と言うことができるようにと、主なる神に共に願い、求めて行きた いのです。

(祈り)
天におられる私たちすべての者の神、御子イエス・キリストにおいて私たちを極みまで愛された神よ。
  一人の少女の「ああ」という嘆きが、一人の人ナアマンの救いの始めとなりました。復活の主イエス・キリストが、今日も「いと小さき者」の嘆きを通して語っ ていてくださること、また私たちの内にあって、間にあって聖霊が私たちと呻きを共にして「ああ」と言っていくださることを、心から感謝いたします。どうか その御声を聴きつつ、私たちも隣人の痛み・苦しみに面して、心から「ああ」と共感し、連帯し、神の愛と力とを求めて共に嘆き、呻き、叫ぶ者たち、信仰者一 人一人また教会としてください。
まことの道、真理また命なる救い主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

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