キリストは私たちの平和              エペソ人への手紙第2章14〜18節

 
 「キリストは私たちの平和であって」と、聖書は語っています。
 ところが、キリストとしてイエスというお方が実際にこの世に来られたとき、多くの人々は、そのようには見えなかったし、またかれらはそのようには見なかったのです。
 なぜなら、そのときかれらにとって、多くのこの世の「壁」、隔てを越える方として行動し、まさにそのように見え、思われたからです。
  「壁」と言いますが、当時のエルサレム神殿には、数多くの壁があったそうです。「エルサレムの神殿には、いくつもの隔ての壁がありました。異邦人を隔てる 壁、婦人をさえぎり閉めだす壁、祭司以外の人を入らせない壁と、幾重にも隔ての壁がありました。」(女性教職神学研究会編『新しい創造』より)これらの幾 重もの壁は、この世にある様々な「壁」の象徴だと言えましょう。この世、この社会、この世界には、人と人とを分け隔てし、差別させ、排除させ、対立させ、 争わせる幾つもの「壁」や隔てが存在するのです。
 二千年前のユダヤもまたそうでした。イエスがキリスト、世の救い主として来られたとき、彼はこれらの諸々の「壁」を乗り越え、時にはひっくり返し、さらには壊して、それらの間の境、境界を大胆にも踏み越え、乗り越えていかれました。

  イエスにそれらの「壁」を乗り越えさせたのは、神の愛の力でした。ある人はそれを、「ラディカル・ラブ」と呼んでいます。「多くの人が神を、システィナ礼 拝堂の天井に描かれたようなひげを生やした年配の男性で、この宇宙を創り、治めている人としてイメージしている。ーーーしかし、このような父親としての神 のイメージは不完全なものである。ーーー神はーーーラディカル・ラブそのものと理解することができる。言い換えれば、神は愛の顕現そのものである。そして その愛は、神の人間との伝統的な区別を含む、既存のあらゆる境界を消し去るほどの徹底的な愛である。この『隔たりを埋める』働きは特に、神がイエス・キリ ストという人において人間となられた受肉の出来事において示された。」「イエス・キリストの初期の宣教もまた、イエスがラディカル・ラブの具現であり、境 界を越える存在であったことを強調している。その宣教活動を通してイエスは絶えず当時の宗教的、社会的境界を消し続けた。彼は徴税人、売春婦、罪人たちと ともに食事をした。彼は重い皮膚病をわずらった人や長血の女性など、『不浄』とされた人々に触れた。彼はサマリア人など社会からのけ者にされた人々と話し た。このようにイエス・キリストは、浄と不浄、聖と俗、聖人と罪人との『聖なる』境界をことごとく消し去ったのである。さらには彼は当時の宗教的・政治的 な権威に挑戦した。だからこそ、彼は最後に処刑されたのだ。」(パトリック・S・チェン『ラディカル・ラブ』より)

 まさにイエスは、境 を越え、壁を越え、さらにはそれらを消し去り、打ち崩す人でした。「あなたの敵を愛せよ」と教え、当時ユダヤ人から「敵」と見なされていた「サマリヤ人」 を主人公として、「サマリヤ人」が「敵」であるはずのユダヤ人、強盗に襲われて道端で倒れていた人を助けた、「良いサマリヤ人」の話をされました。そして 御自身も、その十字架の死に際して、自分に敵対し、自分を憎み、陥れ、苦しめ、ついには十字架に付けて辱め殺そうとする者たちのために、「父よ、かれらを おゆるしください」と、あえて祈られました。
 その上イエスは、この世の中で最も越えがたい「壁」を乗り越え、克服されました。それは、ユダヤ人 と他の国の人たち「異邦人」との「壁」です。なぜなら、そこには「神の前で」ということがあるからです。この両者には、何千年という長い間、神の前で一方 は選ばれ他方は選ばれなかったという違いの中で扱われ導かれてきたからです。
 さらには神と人間との「壁」「隔て」です。これこそ、究極の、絶対 に越えることのできない「壁」、埋めることのできない「溝」であったのです。なぜなら、聖書によれば、人間は、ユダヤ人も異邦人も共に、決定的に神から離 れ、神に背き、神を捨ててしまったという「罪」によって生きようとしてきたからです。
 しかしイエス・キリストは、これらすべての「壁」をことご とく越え、その「溝」を余すところなく埋めてくださったのです。「キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取 り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平 和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。」この「ご自分の肉によっ て」、そして「十字架によって」という言葉によって、あのイエスの全生涯が要約され、凝縮され、語り尽くされています。
 このイエスが今私たち に、平和を宣べ伝えてくださいました。「それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝 えられたのである。」このイエスが教えられ、私たちをそこへと招いてくださる平和というのは、ただ「何もないこと、何も起こらないこと」ではなく、隔ての 壁を乗り越え、それらを打ち崩すことです。キリストが宣べ伝える平和、それは「違いや差をなくして統一し、それに従わない者、従えない者は切り捨ててい く」のではなく、違いや差はそのままに、それを認め合い、尊重し合い、喜び合いながら、たとえ困難な道であっても、共にいる、あえて共に生きようと努め合 い、共に前に進んで行こうとすることです。

 それは、「言うは易く行うは難し」と言うほかないことです。それがいったい、どのようにして 成し遂げられるのでしょうか。それは、何か本来の、あるがままの私たち人間が努力して積み上げてやっていくというよりは、神による新しい道すじと方法とに よるのです。それは、「彼(キリスト)にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和を来たらせ」と語られるように、「新しい人」へと創り変え られ、「新しい人」とされて行く、という道なのです。
 イエスがこの世に来られたとき、人間となって受肉されたとき、全く新しい人間への見方が起 こされ、創り出されました。そのとき、人間という者は、全く新しく、神の前で創り変えられるという、このことが始まったのです。「神はキリストにおいて人 間となり、その結果あらゆる人間の生に神の重要性が付与された。ーーー受肉以降、人は宗教を人間にて敵対するために用いたり、神を人間と敵対させることは できない。また受肉以降、神の名において人間を傷つけたり、差別したり、さらには人間に対する戦争を起こしたりできないこともまったく明らかである。もし 人が傷つけられたなら、神もまた傷つけられる。もし人が尊敬されるなら、神もまた尊敬される。だれでも神を愛する者は、またその兄弟もしくは姉妹をも愛す るのである。」(ミトリ・ラヘブ『私はパレスチナ人クリスチャン』より)
 このキリストの平和を知らされ、与えられたパウロはこう語りました。 「もはやユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。」(ガラテヤ3・ 28)「福音ーー主の御降誕は、打ちひしがれた者への解放である。福音こそが、偏見と差別を断ち切る力である。福音は人間を人格として、ありのままに、受 け入れるからである。」(李仁夏『寄留の民の叫び』より)

 「キリストにある新しい平和の人」は、何より「とりなしの祈り」へと導かれます。この分裂と争いと憎しみとに満ちているこの世のため、その中で苦しんでいる数多くの人々のために、この平和の神に祈ることへから始めるようにと促され、押し出されるのです。
  「1964年7月、アルゼンチンのコルドバ州にある国際保養地エムバルセ・リオ・テルセロのホテルで、世界学生キリスト教連盟の総会が行われた。ーーー会 議中は、毎日、昼食前に礼拝が持たれた。二週間余にわたる会議で、スペイン語の読めない参加者は、世界や自分の国のニュースに飢えていた。そこでアルゼン チンの学生が、施設放送局の名のもとに、その日の大事なニュースを集めて礼拝前にアナウンスしてくれた。ーーーこうしたニュースを聞いたあとで礼拝が持た れた。礼拝では、選ばれた各国の学生代表が毎日祈ることになっていた。学生代表たちは、その日のニュースをとり上げ、それに関する真剣なとりなしの祈りを 捧げた。アフリカの学生が、米国の公民権闘争のため、福音による赦しと和解を切実に祈った。アルゼンチンの代表は、日本でおこった水害のため苦しんでいる 人々のために、慰めを求める祈りをした。わたしはこの礼拝に連なり、全世界に及ぶキリストの主権と、そこに召されて、お互いの問題を共に担っている一つの 神の民を実感し、言い知れない感動にひたった。日本に帰って、あるキリスト者青年の集会に参加した。そこでも毎日礼拝が持たれた。わたしは若い司会者たち の祈りを聞いて、その内容の貧しさには、いまさらにごとく驚き、失望した。そこでは、自分たちの信仰の確立とその日のプログラムの祝福が祈られるのがせい ぜいであった。彼らの祈りは自分たちの領域から一歩も出なかった。この祈りの狭さ、その貧困はどこから来るのだろうか。ーーー政治・社会・文化、広くは世 界のあらゆる領域で、キリスト者が証しをしなければならないとすれば、神の民・祭司の民として召されているわれわれの祈りに、必然にとりなしがはいってこ ないだろうか。」(李、前掲書より)

 また、この「キリストの平和」を伝えられ、与えられ、それによって生かされ救われた私たちには、こ の世にあって、あえて「敵を愛する」という生き方を語り、示し、それに生きるようにと、チャレンジされるのだと思います。「敵を愛するときは、敵がなすこ とを何でも受け入れることではない。それは、不正が行われている間、それを受動的に眺めていることを意味しない。それは、敵の振る舞いにさじを投げるこ と、さらに悪い場合には敵に協力することを決して意味しない。敵を愛することは、対立を隠蔽したり、その深刻さを軽視したりすることを意味しない。そうで はなく、その対立に内在する緊張に、憎悪に屈することなく耐えることを意味する。」
 「この小さな活気ある町は、1989年の秋にイスラエル軍に 包囲された。ーーーベイト・サホールは、軍事的政府への納税をボイコットすることで、パレスチナの反乱に参加しようとした。ーーーベイト・サホールの住民 はこうして、この非暴力抵抗のため、罰せられた。ーーー1989年の秋の間に、イスラエル軍は、家具、ビデオ、テレビセット、洗濯機、冷蔵庫などを、一般 家庭及び店舗からトラックで運び出しはじめた。ーーーこの時期のある日、イスラエル軍に守られた収税人が、ベイト・サホールの家の一つに押し入った。彼ら はすべてのものを運び出し、大きなトラックにその家族の所持品を積み込んだ。ーーー数時間後、居間は完全に空っぽとなった。そのすべての所有物を強奪した 後で、兵士たちはその所有者である年老いた女性の方を向いて別れを告げた。彼女はクリスチャンであった。その年老いた女性は若い兵士を悲しげに見た。彼女 の一瞥には、苦しみ、痛み、激怒が含まれていた。彼女の唇が動いたが、それは呪うためでも、泣くためでも、叱るためですらなかった。『カーテンを忘れてい ますよ! それも取ってもっていくのを忘れないでくださいね』。奇妙な沈黙が部屋を覆った。恥と罪の意識を抱いて、兵士たちは去った。彼らはカーテン以外 のすべてを奪って行った。その時、その年老いた女性は威厳を獲得した。そしてその時、勝ち誇ったイスラエル軍は敗北した。年老いた女性が、彼らを打ち負か したのである。」(以上ラヘブ、前掲書より)
 「キリストは私たちの平和」なのです。このキリストが今もこの世、この世界において、私たちと共に生き、共に歩んでいてくださるのです。

(祈り)
天におられる私たちすべての者の神、御子イエス・キリストにおいて私たちを極みまで愛された神よ。
  イエス・キリストこそ、私たちの平和です。このあなたの全く新しい出来事と道とを私たちが信じ、それに従い、そこを共に歩むことができますように。そのよ うな私たち信仰者一人一人また教会としてください。私たちも教会を踏み越え、壁を乗り越える愛と奉仕によって生きることができるようにしてください。
 あなたがこの時も国と国との間を裁き、この世界に平和をもたらしてください。またこの世界の中で悩み苦しみ、困窮しているすべての人に、あなたの助けと導きをお与えください。
すべての人の救い主、平和の主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

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