無力な父の愛と喜び         ルカによる福音書第15章11〜14節

 
 キリスト教会では、何度となく語られ、多くの人に大きな感動を呼んできたのが、このお話、「放蕩息子のたとえ」です。しかし最近、現代、私たちの社会では、この話は受けない、流行らないのではないか、と思うようになりました。
  なぜならば、この「父親」、話の通称とは違って実はこの話の主人公はこの父ですが、この父は、「弱すぎる」のです。現代は、「強い父」が求められ、賞賛さ れる時代です。「ぶれない強さ」、「妥協しない強さ」、「どんなことがあっても、どんなことを言われても、今までのやり方や法に反すると言われても、断固 として、粛々として物事を押し進める」、そういう「父」、そういうリーダー、指導者が求められ、愛されます。

 この「父」は、全然そういう人ではありません。むしろ、正反対の人です。
  この「父親」に、二人の息子がありました。兄は、おりこうで真面目、大変に出来の良い息子です。それに対して、弟はどうもいろいろと問題がありそうです。 この話から推察できるのは、性格的に弱く、生活を自分でよく律することができない、おまけに社会常識をあまりわきまえていない、そんな息子のようなので す。
 この弟息子がある日、こんな申し出を父親にいたしました。「父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください。」この提案・願いそ のものが、すでに非常識で礼儀知らずな、「あり得ない」ものであったというのです。確かに弟息子には、父親の財産の三分の一をもらうことができる権利が法 的にはありました。しかし、財産を分けることは、通常親が亡くなった後です。それを、まだ父が生きているうちに「くれ」と言う。例外的に生前に財産分けを した場合でも、それを勝手に処分することは許されていなかったということです。ですから、父の財産を分けてもらった上に、「幾日もたたないうちに」それを お金に換えて出て行ってしまうということは、あたかも「父が死んだ」かのようにして、言うならば「父を殺して」出て行ってしまったということなのです。
  そんな法外で理不尽な要求に、この「父」はどのように答えるのでしょうか。常識的には、「それは必ずお前のものになるのだから、私が死ぬまで待ちなさい」 というべきでしょう。そうして「待つこと」や「辛抱」を学ばせるべきでしょう。あるいは物分りの良い父親であるなら、「お前が現状で不満があるなら、小遣 いをもう少し増やしてやってもよい」というでしょうか。ところがこの「父」は、そのどちらでもなく、「その身代を二人に分けてやった」というのです。はた して、そんなことをしてやってもよいものでしょうか。実に不思議な父、そして弱い父です。

 思った通り、事態は最悪に向かって進みます。 「それから幾日も立たないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。何もかも浪費してし まったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、そ の人は彼を畑にやって豚を飼わせた。彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思ったが、何もくれる人はなかった。」こうなってしまう前に、あの「父」 は何とかできなかったのでしょうか。人をやって息子を探すことも、場合によっては無理に連れ戻すことだってできたのではないでしょうか。しかし、「父」は 毎日家の戸口に立って、息子の帰りをひたすらに待っていたのです。なんという弱い、実行力のない、無力な父でしょうか。

 こんな息子でし たが、とうとうこのどん底で「本心に立ち返る」ということが起こります。「そこで彼は本心に立ち返って言った、『―――立って、父のところへ帰って、こう 言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたに向かっても、罪を犯しました。もう、あなたの息子と呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇い人の一人同様に してください』。」厳しい見方をすれば、この息子の言葉にも彼の「甘さとずるさ」があると言えるかもしれません。あんなにして出てきたならば、「死んでも 帰れない」と思うべきではないかとか。現代は、「放蕩息子」も帰るに帰れない時代なのです。「自己責任で失敗し落伍した人は、助けない、助けてはならな い、またその人も『助けて』などと言ってはならない」、そんな社会なのです。そんな社会のただ中で、聖書は「ここに、あなたが帰れる道がある、あなたは 『助けて』と言ってよいのだ」と語っています。教会もまたその言葉を指し示し、証しするのが務めではないでしょうか。
 それでも、この息子はどうにもならなくなって、ほかには一つも帰れる所はないことを悟り、「立って、父のところへ出かけた」のでした。聖書では、メンツやプライドを保つことや、「自己責任」を負うことよりも、「正しい本来の場所に帰る」ことこそが大切なのです。

  「受け入れてもらえるだろうか、どうせむだではないだろうか」、彼はそんな恐れと不安を抱えながら、とぼとぼと道をたどって行きました。すると、どうで しょう!「まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り」、当時の基準でしたら、もうここで「父親失格」だそうです。当時の「父」は 「家長」であり、権威と威厳がなければならないので、決して走ってはならず、堂々と歩かなければならなかったということです。しかも、裏切ったのは息子の 方ではありませんか。向こうが反省して帰って来るならよし、何もこちらから迎えに行くことはない。それを前後の見境なく、息子を迎えるうれしさに舞い上が り、走り寄って行ってしまうとは。
 息子は、道々練習してきたあの「悔い改め」のせりふを言い始めます。「父よ、わたしは天に対しても、あなたに 向かっても、罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。」これに対して、父から「そうだ、もうお前には資格はない、お前など子でもなんでもな い」と言われても仕方なかったでしょう。あるいは、父はたとえ受け入れるにしても、「そんなに言うなら、お前の反省の気持ちを確かめる期間を置かせてもら うぞ、その間にしかるべき実績を見せてもらおう、そうしたらお前を受け入れてやってもよい」とも言えたでしょう。
 しかし、父は息子の言葉を最後 まで言わせませんでした。「しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせな さい。また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか』。」それは、完全な息子としての地位・立場の回復を示しています。しかも、 この息子のために宴会を開いて、上を下への大歓迎をしようというのです。この常識も人情も超えてしまっているような父の言動に、後から帰ってきた兄息子が つまずき、怒ったのも無理ありません。

 あまりにも弱い、無力な父。しかし、イエス・キリストは、この父の愛と大いなる喜びを語ります。そして、なんとこの父を、「神のたとえ」として、神が考え、語り、行い、生きられる道を示すものとして語り、表されるのです。
  「神様というのはね、こういうお方なんだよ。」神様のもとを勝手に離れ、自分の思うがままに生きた結果、破滅と絶望に陥ってしまった人間を、どこまでもど こまでも待ち続ける。その人間が「本心に立ち返り」、なすすべもなく帰って来るならば、手放しで、全くの無条件で、喜び受け入れ、完全に赦し、その喜びを 爆発的に表して祝う。その喜びのあまり、我を忘れ、メンツもプライドもかなぐり捨てて、罪人のところに走り寄る。「これが神様なのだ。」主イエスは神の御 子として、この神様とその御国を、御自身の全生涯、十字架に向かって進み復活に至るその生涯を通して生き抜き、示し、与えられました。主が私たちの罪を引 き受け、担って十字架に進まれる時、この父の姿は私たちの前に現れるのです。「わたしを見た者は、父を見たのである。」「これはイエス御自身の心の物語で あり、イエス御自身の体の物語です。」
 イエス・キリストは今、この時代、この社会に生きる私たちに、この話をぶつけられます。この「父」の姿、 この「父」の心を表し、それを実際に行い生きるご自分の姿を、愛によってぶつけてこられるのです。十字架において無力のうちに死んだイエスこそが、勝利を もって復活された方、世の救い主、全世界の主なのだと、聖書は語るのです。
 このお方が、その愛のすべてをもって、全身全霊をもって、この「父」の姿とその道とを私たちにぶつけてこられるとき、それは私たちの中に、この頑なな私たちの中に、行き詰まって希望がないこの社会の中に、不思議にも道を開き、思いがけなくも救いと希望を与えるのです。

 加藤誠先生が、こんなお話を紹介してくださっています。
  「『ゼロ』という青年の名前を覚えている方はおられるでしょうか。震災(阪神淡路大震災)のあった年、その秋に大阪の道頓堀で藤本さんという野宿労働者を 戎橋から落として殺してしまった青年のことです。―――彼は橋でずっとたむろしてきた24才の青年です。龍の刺繍の入った黒のジャンパーを着て、髪は金色 で、見た目はいわゆる不良の格好だったわけです。ところがなぜ彼がそのような事件を起こしたのだろうか。北村年子さんが『「ホームレス」襲撃事件』という 本を書いています。実はかれはてんかんという持病のためにいじめられっ子でした。中学は特殊学級に入れられるし、働くようになってからはてんかんの薬のた めに動作が緩慢なために解雇されたり、就職面接で持病のことを言うとそれを理由に断られたり、ずいぶん辛い経験を重ねてきたわけです。そして家を出て橋で たむろすることになる。そのゼロがホームレスの藤本さんを嫌悪してからかって悪質ないたずらを繰り返して、最後には落としているわけです。
 しか し彼は裁判の過程で本当に変わっていきます。彼を変えていった過程が本に書かれていますが、そこには三つの支えがあります。1つは、ゼロの両親です。こん なことをしてしまった私は親に捨てられて当然だとゼロは思うのだけれども、母親はずっと彼のところに通います。そして彼の代わりに自宅で藤本さんの供養を 続けていきます。その母親と彼はもう一度出会い直すわけです。2つ目は、自分に向かってきてくれる北村さんたちとの友情と問いかけです。―――そして3つ 目は、釜ヶ崎の若者たちとの出会いです。―――その裁判の第一審の判決が出る前に、ゼロが書いた手紙が本に載っています。『俺はお前らとは違う。夢も希望 もあるんやって。そんなやり場のない苛立ちをホームレスの人達にぶつけていった。僕は今まででもそんな自分の苛立ちを自分の体を傷つけたり、自分の腕を大 やけどさせたり、親に当たったり。あの頃の僕は、自分の体すら大切にできなかった。なのに人の気持なんか分かってあげることなんてできるわけなかったと思 う。―――あの人たちにもホームレスになってしまった悲しい過去があり、僕と同じように、いや僕よりひどい病気を持っている人もいるだろうし、誰にも分 かってもらえない苦しみや寂しさ、心の病気。本当に苦しくて辛い過去を引きずって生きている人達。藤本さんもその一人のはずだと思う。藤本さんが息を引き 取る前、どんなことを頭によぎらせたかと思うと、本当に悲しくて涙が出てきて、自分の罪の重さを痛いほど感じる。―――僕はこれから人の気持ちやそして何 より先、自分の気持ちを分かることができて、考えることをしていきたいと思う。そしてあの時、ホームレスの人達をいじめていた僕は、何であんなことをした のか、何であんな自分がいたのか、何に腹を立ててむかついていたのか、何が辛くて不満だったのか、自分に何が足りなかったのか。そんな問いかけを自分自身 に何度も何度も繰り返して―――僕は僕の気持ちを、本当の自分を見つけ、また見つめて、自分というものを大切にしていきたいと思う。それで初めて人を大切 にできるのだと僕は思えるようになりました。』」(加藤誠「聖書研究:ホームレスの課題と向き合う中で」より、日本バプテスト連盟『ホームレスと教会』所 収)
 カトリックの神父さんの言葉です。「そうだ。神は無力だ。われわれも無力だ。だかしかし―――神の無力さ、侮られ続けている神の無力さこそ 実をいうと、世界の歴史が希望を見出し、あるいは日本が希望を見出すことの指標になるのではないか」。(岸本羊一『葬りを越えて』より)

(祈り)
御子イエス・キリストが私たちに示してくださった、天の父よ。
  あなたの愛、無力となるまでに私たちを愛してくださったあなたの愛こそが、私たちの前にも道を開きます。このあなたの奇跡に心を開き、信仰と希望と愛を見 出していきたいと切に願います。私たち一人一人と教会を、あなたの愛の証人また奉仕者として導き、用いてください。すべての者の救い主イエス・キリストの 御名によってお祈りいたします。アーメン。

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